先に結論を書きます。サッカーを好きにさせようとするより、当たり前にあるものにしてしまうほうが、たぶん長持ちします。
私はブラジルで、「サッカーは好きじゃない」と答える人に何人も会いました。ところが「好きなチームは?」と聞くと、全員がどこかのチーム名を答えました。好きの形は、一つではありませんでした。
この記事では、子どもがサッカーを好きになるために親ができることを書きます。うちの子はあまり熱心じゃないかもしれない、と感じている方に向けた内容です。
まず、完璧を目指さないこと
好きになってほしいと思うと、つい「ちゃんとやらせよう」としてしまいます。
正しいフォームで蹴らせる。毎日続けさせる。試合を最後まで真剣に見せる。
気持ちは分かります。ただ、この方向に力を入れるほど、サッカーは「やらなければいけないもの」に近づいていきます。
好きなものに、人は理由を必要としません。理由が必要になっている時点で、少し遠ざかっています。
「サッカーは好きじゃない」と言ったブラジル人たち
ブラジルへ行く前、私は「ブラジル人は全員サッカーが好き」だと思っていました。
でも実際に街の人に聞いてみると、「好きじゃない」と答える人がいました。一人ではありませんでした。正直、驚きました。
ところが、「好きなチームは?」と聞くと、全員がどこかのチーム名を答えました。
好き嫌いとは別のところに、サッカーが当たり前に存在している。あれは衝撃でした。
好きになるというのは、夢中になることだけではないのかもしれません。生活の中に、当たり前にあること。それも一つの「好き」です。
だから、子どもがサッカーを好きかどうかを、練習への熱心さだけで測らなくていいと思っています。
テレビでたまたま試合が映ったときに、なんとなく最後まで見ている。車の中で流れた曲に反応する。そういうもので十分です。
子どもは、親の背中を見ています
これは何度でも書きたいことです。
親がサッカーを楽しんでいる家の子は、だいたいサッカーを嫌いになりません。
逆に、親が「勝った・負けた」だけに反応していると、子どもにとってサッカーは評価される場所になります。評価される場所を、人は好きになれません。
サッカー経験がなくても構いません。テレビを一緒に見て、「今の、すごくない?」と言うだけで十分です。上手いかどうかを言い当てる必要はありません。
好きになるための、簡単な入り口
1. 上手いプレーを一緒に見る
解説は要りません。うわ、と声が出る場面を一緒に見るだけです。理屈より先に、感覚が動きます。
2. 遊びとして触る時間を作る
練習ではなく、遊びです。ルールも回数も決めない。当てっこでも、蹴り合いでもいい。親が下手なほうがだいたい盛り上がります。
3. うまくいった日の話を聞く
反省会にしないことです。「今日、一番よかったのどこ?」と聞くと、本人が自分で良かった場面を思い出します。それが積み上がると、好きは勝手に育ちます。
好きになると、会話が変わります
サッカーが好きな子は、聞かなくても話し始めます。
誰がどんなプレーをしたか。あの選手のあの動きがすごかった。今度こういうのをやってみたい。
この状態になると、親は何もしなくてよくなります。むしろ、聞き役に回るくらいでちょうどいいです。
会話が減っているときは、たいてい好きが減っているのではなく、話すと何か言われる、と思われているだけのことがあります。
親も、学び続ける姿を見せていい
知らないことを知ろうとしている大人の姿は、それ自体が子どもへのメッセージになります。
ルールを調べる。試合を見る。分からないことを子どもに聞く。
「教えて」と言われた子どもは、けっこう嬉しそうにします。教える側に回ると、自分の理解も深まります。
親が完璧である必要はまったくありません。むしろ、一緒に分かっていく形のほうが続きます。
好きにさせなくても、そばに置いておけば
サッカーを好きになるために必要なのは、熱心さでも正しさでもありません。生活の中に、当たり前にある状態を作ることです。
そう考えると、親がやることはかなり減ります。一緒に見る。一緒に蹴る。良かった場面の話をする。それだけです。
私がブラジルで会った人たちは、「好き」とは言いませんでした。でも全員が、自分のチームを持っていました。あれが、文化として根付いているということなんだと思います。
今週、うまくなる話は一度も出さずに、10分だけ一緒にボールを触ってみてください。上達は目的にしないでください。
好きは、教えるものではなく、残るものです。
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