先に書いてしまうと、レギュラーの子が羨ましいと感じるのは当たり前です。それを一度も感じない親のほうが、たぶん少ないと思います。
私はブラジルで、足から血が出ても気にせず裸足でボールを蹴り続ける少年を見たことがあります。彼はのちに名門クラブの一員になりました。あの子と他の子を分けていたのは、才能でも環境でもありませんでした。
この記事では、羨ましさとどう付き合うかを5つの視点から書きます。
羨ましいと思うのは、努力を知っているから
保護者は、誰よりも子どもの努力を見ています。
暑い日の練習。雨の日の試合。人が見ていないところでの自主練。悔し涙。
その全部を知っているからこそ、「もっと評価されてもいいのでは」と思うのは自然なことです。愛情があるから生まれる感情でもあります。
だから、まずその感情を否定しなくていいと思っています。
問題になるのは感情そのものではなく、そこから出てくる行動のほうです。子どもに不満をぶつける。コーチを批判する。レギュラーの子を悪く言う。ここに進むと、子どもにも影響が出ます。
「自分は今、羨ましいと感じているんだな」と気づけているうちは、大丈夫です。
レギュラーの子にも、見えていない部分がある
羨ましさが強いときは、相手の良い部分だけが目に入ります。
でも実際には、出続けている子にも別の悩みがあります。
結果を求められ続ける
試合に出続ける選手には、期待もついてきます。ミスが目立つ。周りから注目される。活躍できないと言われる。出ているからこそのプレッシャーがあります。
見えない時間がある
保護者から見えるのは試合だけです。でもその手前に、朝の練習や自主トレ、動画を見て研究する時間があることも少なくありません。試合の姿だけを比べると、差を見誤ります。
足から血が出ても、気にしていなかった子
初めてブラジルに行ったとき、お世話になった家の近所に、サッカーが好きな少年がいました。
向こうの学校は午前か午後のどちらかだけなので、残りの時間はずっと自由です。彼は毎日のように家に来て、「遊ぼう」と誘ってきました。
家の前で、裸足でサッカーをしました。
足から血が出ていることもありました。「痛くないの?」と聞いても、気にしていませんでした。ただ、サッカーをしていたかっただけだと思います。
何年かあとに、彼がブラジルの名門クラブの一員になったと聞きました。
あの子を思い出すたびに考えます。羨ましく見える子の内側にあったのは、恵まれた環境でも、生まれ持った才能でもありませんでした。誰にも頼まれていないのに勝手に続いてしまう、という状態でした。
そして、それは外からは見えません。見えるのは、その先にある結果のほうだけです。
今の立場は、ずっと続くわけではない
ジュニア年代では、今の序列が将来まで続くとは限りません。
成長のスピードが違う
小学生から中学生にかけては、成長の差が非常に大きい時期です。今レギュラーの子が、身体の成長が止まって伸び悩むこともあります。逆に、今出番が少ない子が、身体が追いついた途端に変わることもあります。
サッカーの時間は長い
小学生のレギュラー争いは、サッカー人生のごく一部です。高校やその先まで考えれば、今の並び順で決まることはほとんどありません。
だからこそ、目の前の立場だけで子どもの価値を判断しないことが大切です。
羨ましさを、観察に変える
羨ましさは、使い方によっては役に立ちます。
レギュラーの子を見るとき、「羨ましい」で終わらせないことです。
声を出している。判断が速い。球際で引かない。練習の入り方が違う。そういう具体的な特徴を探してみる。すると、感情が学びに変わります。
ただし、それを子どもに直接言うのは避けたほうがいいです。親が比較の話ばかりすると、子どもも他人ばかり気にするようになります。
子どもに向ける言葉は、「昨日の自分より何ができるようになったか」のほうがいいと思います。
見えているのは、結果のほうだけ
羨ましく見える子について、外から見えているのは結果です。その手前にある「勝手に続いてしまう時間」は、まず見えません。
そこが見えると、比べる対象が変わります。あの子とうちの子ではなく、うちの子が勝手に続けてしまうものは何か、に変わります。
私が見たあの少年も、努力していたわけではないと思います。ただ、やめる理由がなかっただけです。
今週、お子さんが誰にも言われずにやっていることを一つ探してみてください。サッカーとは限りません。それが見つかれば、羨ましさは少し薄まります。
羨ましいと思う気持ちは、悪いものではありません。ただ、そこに長くいる必要もありません。
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