「補欠の時間は無駄なのだろうか。」
試合に出られない日が続くと、子どもも親も、そう感じることがあります。頑張っているのに結果が出ない。このまま続けていても意味があるのかと思う瞬間がある。
でも私自身、高校3年間Bチームで公式試合に一度も出られなかった経験があります。その時間が無駄だったかというと、まったくそう思っていません。
高校3年間、公式試合に出られなかった
高校ではBチームでした。公式試合に出場したことは一度もありませんでした。
今でも覚えているのは、自分たちの試合を監督が英字新聞を読みながら見ていた場面です。補欠の入れ替えもほとんどなかった。正直、報われない感覚はありました。
でも腐らなかった。
夏合宿では自分を追い込んでフィジカルを強化しました。視野を広げる意識は常に持ち続けました。通学の電車の中で、窓の外のさまざまなものを目で捉える練習もしていました。動くものを追う。一瞬で状況を把握する。サッカーでいえばピッチを広く見る力につながると思っていたからです。
試合に出られない時間を、できることに使い続けました。
大学のサッカーサークルで手応えをつかんだ
大学に入り、サッカーサークルでプレーするようになりました。
高校で公式試合の経験がない自分が、高校でレギュラーとして活躍していた選手たちと一緒にプレーする場面が増えていきました。気づけば試合にも参加するようになり、周囲から評価をもらえるようになっていた。
高校時代に積み上げたフィジカル、視野の広さ、状況判断の速さ。試合に出られなかった時間に磨いていたものが、形になった瞬間でした。
補欠期間は終わりではなかった。次のステージへの準備期間だったと、この時はっきり感じました。
補欠期間にできることがある
この経験から、試合に出られない時期の子どもに伝えたいことがあります。
試合以外で磨けるものがある
試合に出られない時間は、ある意味で自由な時間です。レギュラーの選手がゲームの流れに集中している間、ベンチから全体を観察できる。判断の速さ、ポジショニング、チームの動き方。見る側に回るからこそ気づけることがあります。
私が電車の中で目の練習をしていたように、グラウンドの外でも磨けるものは必ずあります。
環境が全てではない
監督が英字新聞を読んでいた。補欠の入れ替えがなかった。正直、恵まれた環境とは言えませんでした。
でも環境のせいにした瞬間に、成長が止まります。与えられた環境の中で、自分にできることを続けられるかどうか。それが補欠期間の本質だと思っています。
諦めないことが次のステージにつながる
高校3年間の補欠経験が、大学での評価につながりました。中学3年間試合に出られなかった教え子が、高校で元レギュラー組を超えた姿も見てきました。
補欠期間は終わりではありません。次のステージへの準備期間です。今見えていない部分が、時間をかけて形になる。それを自分自身の経験として知っているから、指導現場でも伝え続けられます。
親にできること
子どもが補欠の時期、親にできることは何でしょうか。
一番大切なのは、試合に出られない悔しさを吐き出せる場所を作ることだと思っています。
結果に関わらず受け入れてもらえる安心感。それがあるからこそ、子どもは腐らずに続けられます。
私が高校時代に諦めなかった背景には、サッカーへの純粋な好きという気持ちがありました。その気持ちを守れる環境が家庭にあるかどうか。それが補欠期間を乗り越えるための、一番の土台になると思っています。
まとめ
高校3年間、公式試合に一度も出られませんでした。監督が英字新聞を読んでいた試合もありました。報われない感覚もありました。
それでも今、その時間が無駄だったとは思っていません。フィジカルを鍛えた夏合宿、電車の中での目の練習、視野を広げる意識。試合に出られない時間に積み上げたものが、大学のサッカーサークルでの評価につながりました。
補欠期間は無駄ではありません。次のステージへの準備期間です。今試合に出られないお子さんが、その時間に何を積み上げられるか。親としてその環境を支えることが、長い目で見て一番大切なサポートだと思っています。
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