2002年、私は大学2年でした。運良く、日韓ワールドカップを3試合スタジアムで見ることができました。
街に外国人が溢れていて、普段は聞かない言語が飛び交っていました。国全体がサッカーでつながっているような空気でした。あの1か月で、自分の人生に初めて夢ができました。
この記事では、ワールドカップを親子でどう楽しむかを書きます。サッカーに詳しくないけれど、子どもと一緒に何か共有したい方に向けた内容です。
世界最大の、サッカーのお祭りです
ワールドカップは、単に強い国を決める大会ではありません。
4年に一度しか開かれず、世界中がほぼ同じ時間に同じ試合を見ています。これだけの人数が同じものを見る機会は、他にほとんどありません。
だから、勝ち負けだけを追うのはもったいないと思っています。お祭りとして見たほうが、受け取れるものが増えます。
上手いプレーを見るだけでも価値があります
子どもは、言葉で説明されたことより、見たものを真似します。
世界最高のトラップ、世界最高の判断、世界最高の走り方。それを見た子は、翌日のグラウンドでだいたい真似をします。
解説は要りません。「今の、どうやったんだろうね」と言うだけで十分です。答えを教えるより、疑問を残したほうが、本人が考えます。
国や文化の違いを知るきっかけになります
ワールドカップは、地理と歴史の教材にもなります。
この国はどこにあるのか。なぜこの国は強いのか。どうしてこの国の選手は、みんな体が大きいのか。
私自身、ブラジルに行くまで「ブラジル人は全員サッカーが好き」だと思っていました。実際に行ってみたら、そうではありませんでした。行かないと分からないことは、いくらでもあります。
その入り口として、テレビは十分に使えます。
カフーがトロフィーを掲げるのを見て、夢ができました
2002年のワールドカップのとき、私は大学2年でした。運良く、3試合をスタジアムで見ることができました。
街に外国人が溢れていました。普段は聞かない言語が飛び交っていて、知らない国の人たちが同じ場所に集まっている。国全体がサッカーでつながっているような空気でした。
決勝はテレビで見ました。ブラジルが優勝して、キャプテンのカフーがトロフィーを掲げました。
その瞬間、初めて明確な夢ができました。
「死ぬまでに、日本代表がワールドカップを掲げる瞬間を見たい」
そして、「そのときに、自分もその一役を担ったと思える活動がしたい」
それまで私には、なりたいものも夢もありませんでした。人生で追いかけたいと思えるものが、あの日に見つかりました。
ワールドカップは、そういうことが起きる大会です。子どもが何を受け取るかは分かりません。何も受け取らないかもしれません。
ただ、受け取るかもしれない機会が4年に一度しかない、というのは確かです。
親子で一緒に盛り上がる
一緒に見るときのコツは、静かに見ないことです。
声を出す。びっくりする。悔しがる。親がそうしていると、子どもも遠慮しなくなります。
逆に、親が分析口調で見ていると、子どもは「間違ったことを言ってはいけない」と思います。それでは楽しくなりません。
夜遅い試合なら、翌朝ハイライトを一緒に見るだけでも構いません。同じものを見た、という事実のほうが大事です。
応援すること自体が、経験になります
誰かを本気で応援するというのは、意外と特別な経験です。
自分ではどうにもできない結果を、心から願う。うまくいかなくても最後まで見る。終わったあとに、悔しさや誇らしさが残る。
これは、試合に出られない日にベンチから仲間を見ている時間と、かなり近い感覚です。応援できる子は、たいていチームでも大事にされます。
勝ち負けを超えて残るもの
大会が終わってしばらくすると、スコアは忘れます。
覚えているのは、誰と見たか、そのとき何を言い合ったか、どんな部屋だったか、というほうです。
私も、2002年の3試合のスコアより、あの街の空気のほうをはっきり覚えています。
4年に一度しか来ません
ワールドカップは、勝敗を追いかけるより、お祭りとして楽しんだほうが受け取れるものが増えます。上手いプレーを見るだけでも意味がありますし、国のことを知るきっかけにもなります。
そして何より、親子で同じものを見た記憶が残ります。それは、うまくなる・ならないとは関係のないところで効いてきます。
私にとってのあの1か月は、夢がなかった人間に夢ができた1か月でした。20年以上たった今も、あのときの気持ちで活動しています。
次の試合、可能なら一緒に見てください。無理なら、翌朝ハイライトでも構いません。
4年後、お子さんはもうその年齢ではありません。
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